1月22日 

明治19年(1888)
痘瘡流行

1月20日 

昭和6年(1931)
高島村、村営電気事業を開始
会社より設備一式の寄付と、技師の兼務を得て事業を開始。議会で、屋内取付線及び電灯装置代は、各戸より役場が徴収と議決される。

1月19日 

明治7年(1874)
高島炭坑が官有となる
政府は、債務40万円をオランダ商社ボードインに支払い、工部省鉱山寮管轄とし、長崎浦、五島町に鉱山寮仮出張所を設置し、鉱山権助、伊東保義を派遣して主任とする。

昭和23年(1948)
橘左近嬢一座来演

昭和24年(1949)
遺家族慰問演芸会を開催
援護局主催で、戦没者遺家族の慰問演芸会を開催。

昭和33年(1958)
高島小学校初の鉄筋校舎の起工式挙行
鉄筋校舎1号校舎の建築を着工。

昭和36年(1961)
高島神社、壱岐住吉神社海神分霊を奉戴
15日、県下海神の祖、壱岐芦部町住吉神社の分霊を奉戴。
19日、高島神社で入魂式、鎮座祭を行う。

昭和39年(1964)
高島高等学校校歌発表会
作詞者 風木雲太郎 作曲者 寺崎良平

1月13日 

明治20年(1887)
街路灯を設置
裸火をもっての通行は危険なため、納屋頭の希望で街路灯28基作成、百間・小浜の要所に設置する。

昭和27年(1952)
高島美術協会新発足
絵画部・彫塑部13名で新発足するが、第5回開催で中断。

昭和32年(1957)
高島消防団が台風防災功労により、県知事表彰

昭和63年(1988)
蛎瀬アパート転居跡を整備
転居後アパートの荒廃が激しく美観上からも、先ず蛎瀬1号〜5号アパートの窓枠外し等の整備が行われる。

平成10年(1998)
高島中学校、インフルエンザで学校閉鎖
14日まで閉校となる。
福祉会館内「なかよし」開店し、披露宴を開催
緑ヶ丘の「なかよし寿司」店が福祉会館の管理人となり、それに伴い旧食堂を改装して「なかよし」食堂を開店。3日にわたり披露宴を盛大に行う。

1月1日 

大正6年(1917)
鉱夫扶助規則を実施

鉱夫共済会規則を実施

大正7年(1918)
炭坑鉱夫勤労賞与規定を実施
中元賞与・年末賞与を、各自この期間の稼高の2分5厘に相当する金額を、支給当時の現在者に支給する規定が実施される。