5月31日 

明治30年(1897)
争議(~6月9日)
納屋頭の食費値上げ、その他の件で坑夫総代が願いを会社に提出するが却下され、31日2番方より同盟罷業に入り、暴行・就業拒否を行い、巡査・納屋頭の説論に服せず、憲兵や巡査が長崎に引上げたのち、再び暴動。重軽傷者18人が生じた。6月5日に4ヵ条の嘆願が出され、9日に一応の解決をみる。

大正7年(1918)
労働状況(5月末)
明治30年、納屋頭全廃以来、全て同炭坑の直轄となる。
現在 在籍坑内夫
   高島 1,144人、二子 774人、端島 941人
   計 2,859人
   坑夫外(三坑) 477人
労働時間 1番方 午前4時より午後4時
     2番方 午後4時より午前4時
厚生福利 家族持ちは社宅を無料、電灯料1ヵ月10銭、5燭光5銭。
     独身者は全て寄宿舎に止宿。食料は1人1日白米1升。  

昭和25年(1950)
高島港が地方港湾に指定される
港湾法の制定により、乙種地方港湾の指定を受け、27年5月に県管理港湾となった。

昭和33年(1958)
先の谷公園が完成
32年12月に着工した先の谷公園(広さ100m×75m総事業費30,990千円)が完成するが、実際は、中学校運動場として使用。35年4月1日、休息所・日陰棚・水飲場などの施設が設置され、0.97haの公園が完成。

昭和34年(1959)
女子ソフトボール選手来島
長崎クラブ女子ソフトボールチームが来島し、全高島ソフトボールチームと親善試合を行うが、1:8で高島チームが勝利。

昭和39年(1964)
小学校プール建設奉仕作業
PTAでは、プールの早急な建設をとの思いから会員に図り、学校敷地内の旧清水貯水槽を改造してプールを造ることを計画。約500名の参加を得て、学校裏海岸より石を拾い水槽の埋め戻しの奉仕作業を実施。その後、町で工事が行われ、25m6コース、事業費2,300千円で完成、8月1日プール開きを行う。

昭和47年(1972)
婦人防火クラブ発会式
8地区、120名で発会。

平成元年(1989)
三菱石炭鉱業、高島発電所の閉鎖式
閉山の際は5年間は継続の予定を打ち切り、廃止と決定。13時より神社の払い後停止。従って、百万浴場はボイラー据付けまで休浴となる。

平成6年(1994)
三和町の為石浄水場の落成式を挙行
先月完成し、22日より美味しい水を供給開始しているが、本日その落成式を挙行。

トマト感謝祭 



日 時 平成19年6月3日(日)11:00~16:00
場 所 高島フルーティトマト ハウス前(船着き場の前)
参加費 当日500円(1名)小学生未満無料
    昼食(オニギリのみ無料提供)
参加人数 300名(往復ハガキにて申し込み、5月30日〆切り 多数の場合は抽選)
雨天決行(船が欠航の場合は、中止)
準備するもの ハサミ、軍手、ビニール袋、汚れても良い服装
※当日は、トマト採り放題、食べ放題、持ち帰り放題です!
イベント内容
●島の皆様による民踊、お茶、トマト料理、その他
●高島ウルトラクイズ(高価商品有り)
●歌、ギター等の演奏(アンサンブルウインディー)
●さるく高島 14:30スタート
 (さるくガイド付き)参加無料
☆お知らせ 当日直行便を運行します。
 料金 大人1800円 小人900円
 時間 大波止発10:15 高島発16:00

●お申し込み&お問い合わせ先
〒851-1315 長崎市高島町2707番地
       2007大感謝祭実行委員会
TEL 095-896-2296 FAX 095-896-2644

5月30日 

昭和23年(1948)
級対抗バレーボール試合を開催
昭和13年卒業組(暢交会)が優勝。

昭和29年(1954)
第1回高島5周駅伝大会を開催
各地区選手12名編成(小学生5名、中学生3名、30才以下2名、以上2名)10じ光町詰所前をスタートし島内一周リレーが行われ、日吉岡チームが55分22秒で初優勝。

蛎瀬婦人会を結成

地区独立に伴い発足し、会長に本田シズ氏が就任。

昭和30年(1955)
労働組合、全員総会を代議員大会に

5月29日 

昭和23年(1948)
長崎県立高女、坑内見学に来島
生徒34名来島し、堤副長の説明後、制服に坑内帽子を被り、新聞紙を尻に敷いて人車に乗り坑底に着き、坑道とポンプ室を見学して坑外へ、次いで坑外施設を見学後、帰崎。

昭和53年(1978)
坑底高速人車開通
砿業所は、合理化・機械化の推進として、10tバッテリーロコによるO片水平人車を高速化。

平成6年(1994)
東海岸公園にテニスコートが完成
県事業として進められていた東海岸公園のテニスコートが2面完成し、コート開きとして、菱高、渡辺社長、長崎トッププレーヤー4人の指導でテニス教室を開催。

5月28日 

大正7年(1918)
二子坑、自然発火・ガス爆発で死傷者発生
5月17日落盤しガス充満、24日自然発火、新旧坑長の交替披露宴中を取り止め対応。28日16時10分ガス爆発。死亡2名・負傷9名の犠牲者が出る。

昭和42年(1967)
高島趣味の会発足
古銭収集を目的に、小林義忠氏を会長とし、会員18名で発会式。

昭和46年(1971)
大浦地区防犯連絡所長制度を設置
犯罪のない明るい街づくり推進目的で、防犯連絡所を設置し、各地区より所長12名を任命。

平成元年(1989)
第1回健康づくり自治会対抗球技大会を開催
暫く沈滞していたスポーツの振興と健康づくりを目的に、自治会対抗として開催することになり、
5月28日 男子スローピッチソフトボール。
6月4日 男、女別ミニバレーボール大会を開催。

平成4年(1992)
深堀老人クラブとの交流ゲートボール試合を開催
深堀老人クラブより2チーム来島し、交流試合を行う。

平成8年(1996)
高島の人口が、千人を割ると大きく新聞報道
5月27日現在、町の基本台帳では、1,065人。

5月27日 

昭和24年(1949)
天皇・皇后、長崎を巡幸

昭和32年(1957)
社会環境浄化懇談会を開催
最近、高島の一部において、パチンコ・賭けマージャンに懲り、家庭経済に破綻をきたし、一家離散したと言う悲劇が起こっており、会社・町・組合・警察等の関係者が集り、県新生活推進本部長及び教育庁より係を迎えて、社会環境浄化に関して懇談会を開催し、社会環境浄化連絡協議会を結成し、この運動を推進することを決定。

昭和48年(1973)
第1回老人スポーツ大会を開催
小学校グラウンドで開催。

西浜地区婦人会結成
結成大会後ボーリング大会を実施。

昭和56年(1981)
第7次石炭政策確立めざし、坑底・坑口・県庁前で坐り込み
27~28日の2日間にわたり行われ、殊に一ノ瀬町長も組合長も坑底に座り込む。

5月26日 

明治20年(1887)
社船「夕顔丸」竣工
日本最初の鉄製の汽船で、長崎造船所立神船台で4番目の進水、竣工。総トン数206トン。
明治18年11月24日 起工
明治20年2月21日 進水
昭和37年3月31日 廃船
昭和39年2月20日 佐世保市佐藤造船所で解体される

昭和50年(1975)
高島高等学校体育後援会が発足
昭和43年のバレーボール部の国体出場の「夢よ再び」の思いでPTA・OBにより体育後援会を発足させた。

平成6年(1994)
中学校バドミントン部、郡南地区中体連で優勝
多良見町、喜々津中学校で郡南地区中体連大会が開催され、高島中は全生徒16名が参加し、その中で男子W戦で優勝、三位の好成績。

5月25日 

昭和21年(1946)
戦災孤児救済基金募集演芸会
高島・端島青年団共催で、協和会館で開催。

昭和29年(1954)
本町青年会表彰受賞
昭和25年青年会を結成以来、青少年不良化防止・防犯・地区内の清掃美化に積極的に活動した功績に対して、25日警察より、6月3日には砿業所からも表彰を受ける。

昭和50年(1975)
町庁舎別館完成
赤山下の県道沿いに、総事業費50,570千円(うち県費3,000千円・衛生庁舎35,409千円・消防庁舎15,161千円)で、鉄骨造り平屋建て、面積566.5㎡の庁舎別館を建設。

昭和63年(1988)
各詰所取壊し

5月24日 

昭和21年(1946)
目標突破増産運動(~6月1日)
24日出勤者にタオル1本、坑内夫には毎日タバコ1本。
満勤者 坑内夫石鹸2個、映画券1枚。
坑外夫 映画券1枚を支給。

昭和61年(1986)
小学校3・4年生、島内の史跡巡りを行う
13時45分より16時まで、児童60名・父兄6名参加して行われる。

昭和62年(1987)
中学校運動会で、地区対抗種目無くなる
生徒減でメンバーが組めず、恒例の地区対抗リレーは行われなかった。

平成6年(1994)
南風泊、廃水処理施設が完成
北渓井坑横の地に、バス停建物に合わせログハウス風に完成。11時より関係者参列し落成式、終了後施設を視察。

平成11年(1999)
南風泊漁港海岸環境整備事業が全国漁港協会表彰を受賞
海水浴場造成整備事業について、表彰を受ける。

平成12年(2000)
町立診療所の歯科で歯周疾患の診療開始

5月23日 

昭和29年(1954)
砿業所、県体でスポーツ団体優秀賞を受賞
長崎市で開催された第7回県民体育祭で、県知事より千々石体協と共にスポーツ団体優秀賞を受賞。この大会での結果は、排球・柔道1位、水泳2位、弓道3位。

昭和31年(1956)
全国初の試み「海底水道」事業起工式を盛大に挙行
町民にとっては夢の事業、海底水道敷設の起工式が、10時から三和町為石字四太郎の浄水敷地で、厚生相・建設相代理・西岡知事・福崎高島町長ほか、関係者により鍬入式が行われ、引続き三和中学校講堂で、起工式の式典が200余名の参列の下に挙行。

昭和36年(1961)
高島漁業組合事務所完成
今までは、組合長宅を持ち回りで事務所として使用していたが、高島砿業所の漁業補償金で本町駐在所前の三角地帯に建築。

昭和60年(1985)
南大夕張炭鉱で大災害発生に、高島労組30分の時限スト

平成4年(1992)
第1回子供劇場、青柳常夫ふれあいコンサートを開催
町民の「ふれあいの場」として楽しく過ごして貰うとの趣旨で、高島青年連絡協議会主催で、小学校体育館で開催、童話や世界の歌と名曲にのって、一緒に歌ったり踊ったり心のふれあう楽しい一時を過ごした。

平成5年(1993)
申告タイムレース大会が新コースで開催
小・中学校を含め107名参加、福祉会館前をスタート、新設された漁港集落道路(日吉岡)を通り、神社下、蛎瀬の新コースで実施。

平成9年(1997)
中体連、郡南地区で、バドミントン男子団体優勝
男子団体の優勝は昭和49年以来2度目、個人戦ではダブルス・シングルス共に3位。

大きな土管 



尾浜4号さんが書かれていた土管だと思います。山手プール跡下に残っています。ジャンケンで陣地取りをしていました。
2005年9月27日撮影。

5月22日 

昭和31年(1956)
第1回品質管理者講習会を実施
各課代表25名が毎日8時間の講習会を、28日まで1週間受講。

昭和32年(1957)
光町詰所新築落成
光町社宅の中程にスマートな詰所が建築され、旧詰所は厚生課倉庫に改築。

昭和47年(1972)
水道感謝祭神事取りやめ
毎年町主催で、三和町浄水場で開催している、旧地権者を招いての水道感謝祭は、神官による神事を本年度より取りやめて、各自の参拝に改めて実施。

昭和61年(1986)
石炭鉱業審議会検討委員会、三菱・三井・住友より個別にヒヤリング
三菱は、基準炭価引上げ・需要確保など充分な助成などが取られない場合は、高島炭鉱の経営継続は困難の意向を表明。

平成5年(1993)
第2回子供劇場、青柳常夫ふれあいコンサートを開催
町青年連絡協議会主催で、小学校体育館で開催。子供からお年寄りまで、歌と音楽やユーモアたっぷりの劇を楽しんだ。

平成10年(1998)
自治会正副会長と町幹部との懇談会を開催
地区の要望事項についての町の対応、また町の施策についての説明が行われる。

5月21日 

昭和21年(1946)
青年文化連盟、高島支部結成式
於 武道場別室、支部長 山下春美

昭和27年(1952)
高島町、児童福祉で厚生大臣表彰を受ける
「児童福祉のため全町をあげて児童福祉に関する施設の設置及び不良化防止等の諸対策に尽力し、児童福祉事業の進展を図りその功績は特に顕著であり他の範とするに足るものである。よって第6回全国児童福祉大会にあたり金一封を贈り、これを表彰する」

昭和32年(1957)
端島学生寮が光町に完成
高島高校に進学する端島の生徒の為に、会社は光町テニスコート横に寮を設け、従業員の子弟に限り入寮させる。

昭和53年(1978)
町制施行30周年記念町民大運動会を開催
町制施行30周年記念行事の一環として、西浜グラウンドで開催。

平成7年(1995)
扇寿会が老人慰問の舞踊会を開催
長崎市の民踊、中山流の3先生の門下生30名余の友情応援をえて、高島扇寿会の舞踊会を体育娯楽センターで開催。

5月20日 

昭和53年(1978)
海底送水管敷設替工事完了
46年4月に調査費13,700千円で、第1回の海底送水管の維持保全に関する調査を実施し、その結果、耐用年数5~10年と推定された。51年1月に調査費11,760千円で、第2回の実施し、その結果既設管の老朽化による危険性が認められた。この2回の調査の結果、敷設管が計画され、総事業費605,565千円(うち国庫補助141,571千円・起債251,100千円・過疎債35,300千円・負債161,181千円・出資金51,713千円)で、53年1月に着工し、直径20cmのポリエチレン管(一重鉄線鎧装)で、18日に1本目を敷設し、20日2本目を敷設し完了。

平成2年(1990)
第41回全国植樹祭に参加
高島町より、議員・各界代表31名、国見町百花台会場の式典に参列、町の木あこうを植樹。

5月19日 

昭和34年(1959)
若山彰・花村菊江公演
主婦会主催で開催される。前売券120円、当日150円。

平成10年(1998)
南風泊地区西沖防波堤の巨大ジャケット沈下作業を実施
コンクリートに替わる新工法として、鋼製の巨大枠(ジャケット高さ24.3m、幅63.4m)の沈下作業が18日行われるが、ワイヤー切れで中止され、19日無事沈下作業が終わる。

幼稚園児、尾浜果樹園でびわ狩り

平成11年(1999)
岡山大付属中学校生徒来町
修学旅行の分科会で生徒7名が来町し、端島についての説明を受ける。

5月18日 

昭和25年(1950)
婦人総決起大会を開催
初の試みで、全員600名が参加し、賃金・離島手当闘争・参院選挙闘争等が決定されたが、この集会が婦人部結成の礎をなり、26年11月14日に発足。

労組罷業金庫を設立
24年5月、21日間のスト闘争の批判からスト金庫の必要性が強調され、総会で設立が可決され、毎月坑内夫300円・坑外夫200円・保護坑夫100円が7月賃金より差引かれる。

昭和36年(1961)
田口歯科(本町谷下店舗付き住宅内)開院

昭和44年(1969)
三共女子プロ野球チーム来島、交歓試合
西海岸において、第1試合三共5:2採炭チーム、第2試合三共4:0高島地区(地区選抜戦優勝チーム)。

昭和58年(1983)
第6次、中央行動に労組代表参加
労組代表4名が26日までの中央行動に参加。

平成9年(1997)
第16回地区対抗球技大会、ソフトボール試合で本町初優勝
小中学校グラウンドで開催されたソフトボール大会は、本町地区が光町を7:2で破り念願の初優勝。ミニバレーボール大会は、接戦の末、光町が優勝し、2位は高島地区。

5月17日 

平成4年(1992)
元坑務課OB来島
約50名、昨日長崎市で懇親会を開き、本日来島し、トマトを採取したり、島巡りを行い、15時に離れる。

平成10年(1998)
自治会対抗球技大会で、西浜地区ソフト初優勝
ソフトボール大会は、中学校グラウンドで開催され、西浜地区が光町を破り初優勝し、女子ミニバレーは町民体育館で行われ、光町地区が2年連続優勝、2位は小島地区。

5月16日 

大正6年(1917)
二子~端島間海底ケーブル1号線敷設、12月21日より送電
大正6年4月26日出願、大正6年5月16日1号線敷設(直接海底に沈設、両岸を天川石で海底に包装)。
大正6年12月10日試送電、12月21日より正式送電する。

昭和32年(1957)
本町養老院下に町営のブロック建て1棟完成
ブロック造2階建(3畳及び6畳、応接室、炊事場)。

昭和51年(1976)
昭和50年度全日本バドミントンチャンピオン来島し指導
松浦スポーツ店の斡旋で、栂野尾・飯尾両全日本チャンピオンが来島し、時津町・伊王島よりも愛好者が集まり、バドミントンの指導を受ける。

昭和60年(1985)
「坑内事故高島の遺児を励まそう」の街頭募金活動を行う
長崎県交通遺児育英会進学生代表2名が呼びかけて、長崎市内で街頭募金活動を行ない、110名余の協力を得て、217,357円の募金があり、高島町へ寄贈。

平成3年(1991)
高島町芸術文化振興基金審議会を開催
砿業所より発電所閉鎖に伴い、芸能振興にと2,000万円の寄付があり、審議委員会を開催し、芸能振興を芸術文化振興とし、2,000万円を基金とし、その利子で事業を行う条例を審議。

平成5年(1993)
自治会対抗球技大会が、新装のグラウンド並びに体育館で開催
両会場新装こけら落としとして、男子ソフトボール試合を西海岸グラウンド、女子は中学校体育館でミニバレーボール試合を行う。
男子優勝 小島・準優勝 本町
女子優勝 光町・準優勝 高島

5月15日 

昭和28年(1953)
第6回県下安全灯研究会が、高島で開催
各炭鉱持ち回りで実施の安全灯研究会が、今回は16日まで高島炭鉱で開催され、15日端島・蛎瀬の安全灯室を見学し、16日検討会を開催。

昭和35年(1960)
小学校校舎落成式及び高校開校記念式典
小学校2号校舎落成式典を9時30分より小学校講堂で実施。引続き高島高等学校の独立校としての開校式典を協和会館で実施。12時30分より小学校講堂で祝賀会を開催。

平成元年(1989)
高友会、高島を訪問
福岡県在住の旧高島炭坑の在籍者の親睦団体で、82名が閉山後初めての来島。歓迎の立看板と役場幹部の出迎えの中、15時5分着。長課長婦人の茶の接待を受け、思い思い島巡り、17時20分沢山の見送りを受け、夜は日昇館泊、明日雲仙へ。

平成10年(1998)
大正琴部、外海町老人ホームを慰問
昨年に引き続き、要請に応じ慰問に出かける。

5月14日 

昭和24年(1949)
金堀に職員木造社宅が完成

昭和26年(1951)
1,000トン貯炭ポケット完成し、運転開始
25年8月着工、5月上旬に完成し5月14日より運転を開始。

昭和42年(1967)
尾浜地区独立
41年9月1日詰所が完成し、職務を開始していたが、本日より百万地区より独立し、尾浜地区として新しく発足、全島9地区制。

昭和44年(1969)
三菱、石炭生産部門分離を提案
砿業所は、中央経営協議会で、石炭生産部門を九州・北海道に分離との方針を組合に提案。組合は26日委員会を20時頃まで開催。分離提案について論議。28日よりは各地区集会を開催するなど、対置要求闘争を確認、7月12日要求妥結、10月1日独立を確認。

昭和62年(1987)
星野町長NHKテレビ「消え行く高島」で語る
テレビ放映の中で星野町長は「町の収入は零になる、金が無いから何も出来ないので、町長も議員も要らないと言う声があるが、そうすれば長崎の支配にでもなるべきだ。」と発言。

平成12年(2000)
恒例行事、自治会対抗球技大会、ソフト本町・バレーボール西浜優勝

5月13日 

昭和17年(1942)
高島監視所員「長崎丸」沈没を確認し通報
日華連絡船「長崎丸」が、13日14時8分、伊王島沖で、日本軍の機雷に触れ沈没するのを、権現山の監視所員が目撃し、一早く県本部へ通報。後日感謝状が一同に贈られる。

昭和41年(1966)
小学校、砿業所より寄贈の体操器具据付け
寄贈があった30万円相当の体操器具を校庭に据付ける。

昭和47年(1972)
産炭地域住民の生活を守る高島地域集会開催
高島町主催で、14時30分より小学校体育館で開催。社会党代議士(阿久根・細谷・中村)県桟副知事以下関係課長・県議会産炭地特別委員会委員が参加、17時30分まで盛大に開催。
炭鉱数
長崎地方  117砿(昭和27年) 5砿(昭和47年)
佐世保地方 23砿(昭和27年) 0砿(昭和47年)

昭和48年(1973)
母の日記念行事ボーリング大会を開催
1階のボーリング場では、ママさんボーリング大会、2階ではレクリエーションとして、舞踊・演芸を開催。

平成3年(1991)
水道感謝祭を開催
三和町浄水場で、今年より地元関係者は辞退し、町三役・議員・自治会長・担当課が参列して開催。

5月12日 

昭和36年(1961)
二子社宅でガス突出騒動
11日昼前、貯炭場下より一酸化炭素が噴出し、二子1・2区住民は寮に避難、26人ガス中毒。

平成元年(1989)
養護老人ホームの落成式を挙行
11時より式典、その後14時まで、入居者のカラオケ・舞踊で祝う。定員40名のところ、入居者38名。

平成3年(1991)
万歩計と歩く健康法講習会を開催
小学校体育館で、10時より35名参加。万歩計が個人に貸与され、片山保健婦の指導による「歩く健康法と実技」が11時40分まで行われる(6月2日も実施45名参加)。

平成8年(1996)
自己申告タイムレースを開催
東海岸~百万~金松寺~中学校下~山手~西浜~ターミナル~ゴールのコースで一般75名参加で行われる。

平成9年(1997)
長崎市立博物館、原田館長以下25名来島

長崎市の史友会員が館長と共に、島内の史跡巡りを行うが、小島で降雨となり急遽本町集会場を借用し、予定を早め13時30分で帰崎。

5月11日 

明治34年(1901)
炭坑社(高島炭砿長崎事務所)竣工
長崎市小曾根町21番に明治33年6月25日工費2万2,109円で着工、明治34年5月11日竣工移転する。この地は、後藤象次郎が事務所(炭坑舎)を構えていた場所で、三菱社になり、高島炭坑の長崎事務所として使用し、石炭販売業務のほか、商社としての性格が濃厚となり、接客の場を重視した外観を飾った建物を新築した。
昭和46年2月6日火災で2階内部を焦がし、一部取替え補強し以来、1階のみ使用。昭和60年1月20日老朽化の為に解体される。

昭和22年(1947)
労組主催組合員慰安運動会を開催
小学校グラウンドで、8時30分より17時まで開催。

九州炭鉱文化連盟主催、長崎地区野球大会で高島優勝

戦後初の行事として、北松、潜竜球場で開催され、全高島チームが初優勝。

昭和61年(1986)
小学校PTA、第1回親子運動会を開催
従来のソフトボール試合では、特定の子だけの出場となるのを考慮して種目を変更して、運動会を実施。

5月10日 

昭和24年(1949)
県立長崎西高等学校高島分校の開校式を開催
町民の熱望で、24年6月1日設置許可が降り、中学校の木造校舎を借用して、定時制普通科1学級生徒数51人で開校。

昭和38年(1963)
高島高等学校校舎竣工
37年11月10日着工の第1期新校舎(鉄筋4階建て)竣工。

昭和41年(1966)
小島海水浴場廃止
港湾工事のため、永年の海水浴場を廃止。

昭和59年(1984)
石炭各社代表・通産局計7名入坑
高島砿の状況視察の目的で、9日に来島し11日まで滞在。

平成5年(1993)
栄養改善推進協議会を結成
1年間の食生活改善推進員養成講座で学んだ12名で、栄養改善推進協議会(あじっこグループ)を結成。「私達の健康は、私達の手で」をスローガンとする。

平成7年(1995)
学校給食を開始
町民待望の完全給食が開校以来はじめて、きれいに改修されたランチルームで開始されたが、その模様がテレビでも放映される。給食費は、小学生月額3,300円、中学生3,800円。

平成9年(1977)
飛島磯釣り公園の管理棟の起工式を挙行


平成12年(2000)
山崎徳行政相談委員が、春の叙勲で、勲六等単光旭日章を受賞する
総務庁委嘱の行政相談委員として、永年のボランティア活動功績により受賞となり、大臣より伝達を受け、皇居に参内して天皇陛下に拝謁。

5月9日 

昭和33年(1958)
二子新選炭機の起工式を挙行
立坑総合工事の一つとして、選炭能力の向上と設備の近代化による能率の向上を目指して建設に着手。34年3月完成し、稼働開始。

5月8日 

昭和62年(1987)
高島消防団、無火災記録で県消防協会長表彰を受賞
59年12月13日→2年間の無火災記録で、無火災竿頭綬を受賞する。

5月7日 

昭和32年(1957)
蛎瀬浴場が落成して、供用開始

5月6日 

明治41年(1908)
郵便局、尾浜に新築開局
本村より旧尾浜アパートの地(現勤労福祉会館上)に新築され移転する。
昭和30年11月30日、光町の新局舎に移転する。
平成13年6月11日、現在地の新局舎に移転する。

昭和36年(1961)
花一杯運動、小中学生・主婦会・町役場など約2,500人
町全体を挙げて「美化運動」を強力に進めていく上では、町民の深い理解が必要ということから運動推進のための一大パレードを行った。

昭和47年(1972)
高島高校格技場完成
46年9月28日着工、土地造成は町で施工(235㎡・3,400千円)、県工事として鉄筋コンクリート造り2階建て(1階柔道場、2階剣道場)面積398㎡が、47年3月22日完成(1,264万5千円)。本日13時30分より格技場開きを挙行。

平成9年(1997)
「高齢者及びその家族の悩み事相談」を開設

5月5日 

昭和32年(1957)
高島小学校創立80周年式典を開催
小学校講堂で式典が挙行され、同窓会より、校旗・暗幕(計6万3千円)の贈呈があり、生徒の器楽演奏で式典を終了。

昭和43年(1968)
三共製薬女子プロ野球選手と交歓試合
三共製薬女子選手が来島、島内パレードの後、西海岸グラウンドでグラウンド開きを兼ねて交歓試合を開催。第1試合、三共9:4養和会、第2試合は他地区選抜試合の勝者、緑ヶ丘地区チームと対戦、6回裏降雨でドロンゲームとなる。

昭和60年(1985)
第15回長崎市少年柔道大会で大活躍

5月4日 

昭和23年(1948)
会社主催各課対抗球技リーグ戦を開催
日頃スポーツに親しむ機会の少ない人にも出場して貰うとの趣旨で、課長以下女子従業員に至るまで全従業員参加で、野球・排球・庭球・卓球の4種目でリーグ戦を開催。

昭和24年(1949)
九全連無期限スト指令で、高島労組21日間に及ぶストに突入
中央賃金闘争とは別に「企業整備反対、光熱費引上げ反対」の指令に従いストに突入。5月17日、九州軍政府の勧告、石炭調査団の調停案を拒否してストを続行したが、5月25日要求を全面貫徹して、21日間のストに終止符を打ったが、この間、5月10日には、高島町長に対して生活対策としての申入書、議会に陳情書を提出。