8月7日 

明治18年(1885)
高島村民総代「高島水源枯渇」で会社に損害保証請求
島内の水源が、明治14~15年に全て枯れてきたのは会社の坑業によるの理由で、損害補償要求の訴訟を行う。
明治21年7月30日、坑業は国法によって行なっている。枯渇は三菱が事業を継承する前からの問題などの理由で請求は不成立の判決が下り解決。その後村民総代が託状を提出、これと引換えに坑主より1万円が高島村に寄贈され、これに対する感謝状を提出し、一件落着した。

昭和21年(1946)
希望音楽会(文化青年協会主催)、入場料5円
活水女専音楽教授 深町慶子、バリトン歌手 一ノ瀬克巳、ソプラノ 井上恵子。

昭和32年(1957)
間組に労働組合が結成
下請従業員の組合組織化が、高島労組の指導で進められたが、ようやく組織化される。

昭和57年(1982)
長崎大水害救助街頭カンパ活動を実施
7月23日、長崎市は未曾有の大水害を被り、主婦会が中心となり街頭カンパを行い、277,900円の協力金を被災者にカンパ。

昭和61年(1986)
炭労中央行動、都内でキャップランプデモを展開
8月1日に高島を発った全国縦断キャラバン隊も合流して、都内をキャップランプでデモ。

平成元年(1989)
「健康づくり」町民一斉ラジオ体操を開始
高島町は、医療費が全国でも3番目に高く、国民健康保険事業安定化として、町民の健康づくり対策を推進しており、その一つとして、毎日15時、ラジオ体操の全島放送を開始。ラジオ体操の順序をプリントしたタオルを各家庭に配布し、基礎体力づくりに積極的に参加するよう呼びかける。

平成10年(1998)
KTNテレビ「テレビ見ゆデー」が海水浴場より生放送
郷土史家、越中哲也先生をゲストに迎え、松永友幸アナがインタビューして、海水浴場で「わが町のお宝拝見」、郷土料理、お土産品などを紹介。最後は小学生の「この島はいいよね」の合唱で中継を終わる。

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