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茜カフェ 

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昨年より準備していた喫茶店というか、最近はカフェと言うらしいですが、お店をオープンすることになりました。
最初の展示はブログの方にアップした1975年当時の高島の写真を展示します。毎日、プリントして写真を選別中です。
もう少し、準備がかかるので、展示が出来たら、またアップします。

コメント

カフェ

e-402
まだ、準備中なんですよね?
市内に居る、友達にも
宣伝しておきますね!!

おさむさん、ご無沙汰いたしてます。
カフェオープンされるのですね。
毎月、帰省していますので一度寄せていただきます。
高島の写真楽しみです。

>マーさん
来週にはひっそりとオープンしていると思います。よろしくお願いします。

>あっちゃんさん
こちらこそ、ご無沙汰しています。準備などで高島にも帰れずにおります。
写真もまだこれからプリントしなきゃいけないのが残っていたりで。。。
よろしくお願いします。
  • [2010/03/05 13:46]
  • URL |
  • たかくらおさむ
  • [ 編集 ]
  • TOP ▲

はじめまして。

どうもはじめまして。高島で検索をしてこちらのブログに辿りつきました。
わたしは現在34歳で炭鉱が閉山した時はちょうど小学校5年生でした。きっかけとなった炭鉱事故では同じ学年の友達のお父さんが亡くなり、卒業するまでの間何人ともなく桟橋から友達を見送りました。炭鉱を閉山させないでくださいと当時の首相に手紙を書いたり閉山後は取材を受けたりと本当人と違った経験をしたなと思うと同時に将来的いつかは閉山していたにしてももう少し時期が違っていればまったく今と違う人生を歩んでいたんだろうとたまに考えてしまいます。こちらのブログを見ながら昔の記憶がたくさん蘇ってきました。カフェをオープンされたんですね。おめでとうございます。写真展・・・見に行けたらと思っています。1975年・・・わたしが生まれた年なのでなにか運命的なものを感じました。これからのご発展をお祈りします。

>なおさん

はじめまして。
あの事故の時は長崎に住み始めて、間がなく、高島に帰ることも出来ませんでした。
この写真を撮影していた1975年当時も閉山の噂はあったんですが、あの事故が閉山の引き金になったのは間違いないと思います。
後年「わたしは高島が好きです」という本を入手しまして、閉山時の子供たちのことを考えさせられました。
高島をそれぞれの時代に過ごして来た方の多くの記憶があります。
これからも長くやって行きたいと考えています。
よろしくお願いします。

こんにちは。

「わたしは高島が好きです」にはわたしの作文も掲載されています(笑)
その本に掲載されている子供たちはみんな大人になってそれぞれの場所で生活しているんだろうと思うといろんな気持ちがよぎります。高島に住んでいたからこそ強い絆で結ばれていることもあって、今でも小学校の同級生は1年に1回集まっているそうです。わたしは親がまだ高島にいますので月に数回は足を運んでいます。わたし自身高島から離れ何年もたっていますが、切っても切れない本当の故郷と言える場所です。

>なおさん

本を読み返してみますね。
ワタシも切れることは一生ないでしょう。
縁者は住んでいませんが、暇が出来ると帰っています。懐かしい場所に立ち寄るのが習慣になっていますし。

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